第4回 学生ピックス 山田哲也さん

July 14, 2015

 

山田 哲也 (Tetsu Yamada)

 

プロフィール

1991年生まれ、岐阜県出身 

2015年春にSUNY Stony Brookを卒業。

さらには日本帰国をして、

今年度9月には日本大学を卒業予定。

 

夢は、仲間と共に1からなにかつくり上げる

クリエイティブな仕事をすること

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

留学が決まる前ーーー自分が嫌いだった

 

とりあえず留学決まる前、自分のことが嫌いでした。

なぜなら自分に自信がなかったし、プライドが高く人の目ばかり気にしていました。

 

中学生のころから、当時自分の地元では少なかった中学受験をして、

周りから期待されていると思っていました。

 

 

高校に入ってからは、漠然と大学は行くべきもの、という考えが自分にありました。

そうは思ったものの、何をしたいということもわからなかったから

人気が高い商学部や経済学部を選んでいました。

今思えば、よくわからないレールに乗って生きていたと思います。

 

 

「大学に行く」という考えから、ある大学の指定校推薦を狙っていました。

勉強をして成績も維持していましたが、

募集要項を締め切り直前に確認したとき

TOEFLのスコアを提出する必要だったことを知り

応募には間に合わないことを知りました。

 

予定が狂ったときでした。

 

 

慌てて高校三年の夏から受験勉強を始めたが、

間に合うはずもなく浪人することになりました。

 

周りの期待があると思ったからこそ、一年間浪人が決まった時は

すごくみじめな気持ちになりました。

 

しかし、浪人が決まったときに改めて何がしたいか考えるきっかけにもなりました。

 

 

英語を勉強??ーーー留学したい

 

英語を始めたのは、3歳のころでした。

当時は上の兄たちに先生が言ったことを

翻訳してもらうというほとんど遊びの英会話でしたが、

英語でコミュニケーションを取ることは嫌いではありませんでした。

英語で話すことは苦痛ではありませんでしたが、

中学のときに英語の勉強が嫌いになりました(笑)

 

 

そして留学を決めた大きなきっかけのひとつの理由として、

中学のころにバンドを一緒にやっていた親友の存在があります。

 

その友人が、高校二年のときにいきなり留学をきめアメリカに留学しました。

自身が高校を卒業するときに一年間の留学を経て帰国した彼をみて

目に見えるキラキラしているオーラやあか抜けた友人に圧倒されました。

浪人が決まったときにその親友と話し、

自分も彼と同じようにキラキラしたい、と思って留学を決めました。

 

 

でも、「英語の勉強がしたい」という気持ちではなく

自分には「留学する」ということに憧れがありました。

 

 

留学したいという目標が決まったら、どんどん自分の道が開けた気がしました。

目標に向かって勉強を進めていくうちに

不思議と嫌いだった英語の成績もどんどん伸びていきました。

 

 

でも特別なことをしたというわけではなく、予備校に通うにあたって

予習復習を怠らない、という基本的なことをしました。

先生に言われたことは必ずやり、それ以上のこともしました。

 

 

本当は、浪人後は今行っている大学ではない大学を目標としていましたが、

本番に弱く不合格という結果に。

 

そこで東京に行く予定が現大学の所在地である静岡になったので

自分の中のプランが狂ってしまいましたが

しかし「留学する」、という目標は捨てずに現大学でも地道に勉強を続けました。

 

自分が頑張ることで自然と素晴らしい仲間が集まりました。

 

 

なぜダブルディグリーなのかーーー「予定が狂ったからこそのいま」

 

最初はストーニーブルック大学に一年間の交換留学を考えていましたが、

一年間では期間が足りないと思い、2年間留学できる

ダブルディグリーを取得するプログラムに参加することを決めました。

 

 

アメリカの大学を卒業した、という証が欲しかったのと、

留学をしたことが自分の財産になると思いました。

 

 

 

 

アメリカに来て得られたものーーー多様な人種の友人たちと会えたこと

 

ストーニーブルックだけではないと思いますが、

すごく人種に多様性があると思います。

 

 

左を向けば中国語、右を向けば韓国語、そして自分は英語を友達と話すという

日本では経験できなかった環境に自分が置かれている感じが好きです。

 

日本では人の目を気にしてみんな同じ常識をシェアするということが多いですが、

人種や文化の違いによって「同じ常識」があまりないアメリカでそれは成り立ちません。

でも、それをお互い理解しながらうまく生活しているのが好きです。

 

 

将来の夢―――「0からの築き上げ」

 

留学という経験から、多種多様なバックグラウンドを持つ人たちに出会えました。

音楽をずっとやっていたこともあり、留学している中で自分の夢がだんだん決まっていきました。

 

それは、自分の内側から絞り出して作り上げる

クリエイティブな仕事をしたいということです。

 

 

自分には残念ながらクリエイターとして天才的な才能はありませんでした。

しかし、自分には人の才能を見抜く目とその人々を支え、

共に働く情熱はあると思います。

いろいろな人と知恵を出し合い、何かを共に作り上げていきたいです。

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山田さん、ありがとうございました!
この記事をご覧になった方はぜひ山田さんのWebsiteもチェックしてみてくださいね!

 

Photocredit by: Nicholas Bechtel & Yuhei Hori

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